« 桜と富士山【京都便利堂】 | トップページ | にこにこの草【京都便利堂】 »

2009年4月20日 (月)

富岡鉄斎【京都便利堂】

ありがとうございます。
京都便利堂でございます。

季節は新緑に向かう京都。
camera緑色の花びらをつける桜、御衣黄桜が満開でしたcherryblossomshine

Gyoikou

さて、今日は富岡鉄斎のお話しを。
前回、富岡鉄斎についてここに少し書いたところ、どんな方なのですか?とお問い合わせをいただきました。
兵庫県の宝塚市にある鉄斎美術館に足を運んでいただくのが一番sign01
だと思いますが、ちょっと簡単にご説明させていただきたいと思います。

富岡鉄斎は、天保7年、京都・三条衣棚生まれ。

徳川十五代将軍、徳川慶喜と同じ年の生まれです。
青年期はちょうど幕末で、国事に奔走されていたそうです。
友人の多くはかの安政の大獄で捕らえられました。

鉄斎は、国学・漢学を学び、文人のたしなみとして画を学んだそうです。
そして、京都に戻った46才から89才で亡くなるまで書画の制作に専念されたそうです。

その時期から京都市上京区の室町一条下がるにお住まいで、現在、そこにはこのような石碑が建っていますcamera
Tessai

自分の画には師承はなく、すべて盗み書きだと言い、中国や日本のあらゆる流派を研究し、独学で絵を学ばれたそうです。

鉄斎の絵は、長寿を喜び祝う絵が多くあるそうですが、長生きの鉄斎にあやかろうと依頼する方が多かったそうです。

また、日本国中を旅し、たくさんの書物を読んで得た知識から多くの作品の画題を得たそうです。
富士山にも登山されたようです。
だから富士山図のような、山を細かく詳しく描いた作品があるのですね。

画だけでなく、書にも優れていた鉄斎は、書簡の美しさにも定評がありましたpen
自身で下絵を描いた木版をおこし、それを刷った便箋が用いられていたこともありました。
鉄斎の書簡は、単なる意思伝達の実用品ではなく、さながらひとつの作品のようでした。

簡単な説明ですが、おわかりいただけましたでしょうか?

京都便利堂では、その版木を原稿にして便箋を複製しております。
また、同様に封筒も複製しておりますが、
こちらは鉄斎が実際に封筒用に使っていた拓本を原稿にしております。

鉄斎美術館へ行きたいけれど、宝塚は遠くて行けないsign03
という方には、清荒神清澄寺制作のDVDがございますので、一度そちらをチェックしてみてください!
京都の文人富岡鉄斎の美術館が、なぜ兵庫県宝塚市の清荒神清澄寺にあるのか?
という初心者的な疑問についても答えが見つかりますhappy01

ランキングバナー

ブログランキングに参加しています!是非1クリックをよろしくお願いします

投稿者 京都 便利堂 時刻 15時00分 文化・芸術
|

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137805/44731192

この記事へのトラックバック一覧です: 富岡鉄斎【京都便利堂】:

コメント

コメントを書く